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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(あ)490号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

被告人本人の上告趣意第二について

所論は憲法三七条一項違反をいうが、原審において不公平な裁判をするおそれがあることを理由として裁判官の忌避を申し立てることができたのにこれをしなかった場合には、同じ理由により上訴審において当該裁判官に回避の事由があったと主張することは許されないと解すべきであるから、所論は、当審において主張することの許されない事項に関する違憲の主張であり、適法な上告理由にあたらない(なお、記録を調査しても、原審裁判長に不公平な裁判をするおそれがあったことをうかがわせる事情は認められない。)。

被告人本人の上告趣意第三及び弁護人近藤良紹の上告趣意第三点について

所論は、憲法三一条違反をいう点を含め、すべてその実質は軽犯罪法一条一五号、四条の解釈適用の誤りをいう単なる法令違反の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ職権をもって判断するに、軽犯罪法一条一五号にいう官職の詐称には、自己の同一性については正しく表示しながら単に官職のみを僣称する場合のみならず、当該官職にある特定の人物をその官職名とともに名乗る場合も含まれると解すべきである。本件のいわゆる偽電話テープに現われた被告人の言辞を総合すれば、被告人は自己を検事総長の布施であると称したことが認められるから、被告人が検事総長の官職を詐称したものとして同号の罪の成立を認めた原審の判断は、相当である。

被告人本人の上告趣意第四及び弁護人近藤良紹の上告趣意第一点について

所論は憲法三七条違反をいうが、第一審が被告人の弁護人選任権の行使を妨げたとは認められないとした原審の判断は相当であり、また、記録によれば、第一審及び原審が被告人に対する予断と偏見をもって審理判決をしたとも認められないから、所論は、いずれも前提を欠く違憲の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

被告人本人の上告趣意第五及び弁護人近藤良紹の上告趣意第二点について

所論のうち、符一号及び同八号の録音テープに関して憲法一一条、一三条、三一条違反をいう点は、実質においては、録音の違法性を否定してそれらの録音テープに証拠能力を認めた原審の判断を論難する単なる法令違反の主張であり、その余は、原審において主張判断を経ていない事項に関する違憲の主張、実質においては単なる法令違反、事実誤認の主張に帰する違憲の主張及び単なる法令違反の主張であり、すべて適法な上告理由にあたらない。

所論にかんがみ職権をもって判断するに、記録によれば、符一号及び同八号の録音テープはいずれも被告人の同意を得ないで録音されたものではあるが、前者の録音テープは、被告人が新聞紙による報道を目的として新聞記者に聞かせた前示偽電話テープの再生音と再生前に同テープに関して被告人と同記者との間で交わされた会話を、同記者において取材の結果を正確に記録しておくために録音したものであり、後者の録音テープ(被告人の家人との対話部分を除く。)は、未必的にではあるが録音されることを認容していた被告人と新聞記者との間で右の偽電話に関連して交わされた電話による会話を、同記者において同様の目的のもとに録音したものであると認められる。このように、対話者の一方が右のような事情のもとに会話やその場の状況を録音することは、たとえそれが相手方の同意を得ないで行われたものであっても、違法ではないと解すべきである。したがって、録音が違法であることを理由にそれらの録音テープの証拠能力を争う所論は、すでにこの点において前提を欠くものといわなければならない。

弁護人近藤良紹の上告趣意第四点について

所論は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由にあたらない。

被告人本人のその余の上告趣意について

所論は、違憲をいう点もあるが、実質はすべて単なる法令違反、事実誤認の主張であり、適法な上告理由にあたらない。

よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 環 昌一 裁判官 伊藤正己)

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